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あえて今「堂本剛」と

KinKi Kids

面白いものを見つけた〜

「フジワラノリ化」論 第8回 堂本剛 彼は“本格派”なのか

まだ「其の一」しか公開されてませんが、これからが楽しみです。

まずは「ジャニーズの誰かを論じること」についてから始める…というのが面白いです。
ここらへんなんかは、確かに〜!!と思ってしまった。

>ジャニーズの批判をする者は、必ず事務所がどうのこうのという論旨に終始する。すなわち、テレビの中の文脈で終わらせようとする。(中略)あくまでも業界の中で起きていることだ。中で起きていることにわざわざ足を踏み入れて頷くだけでは、その人物の評価を定めたとは言い難い。

しかし、ここらへんはよくわからない。

>気がつけば、ジャニーズの誰それについて真剣に論じる機会が失われている。業界に準じた暴露と、業界に準じた礼讃だけがジャニーズの周辺にまとわりついている。しかし、それでいいのだろうか。木村拓哉でも櫻井翔でも亀梨和也でも、単なる個人に立ち返って、媒体に映る彼らを論じる機会があるだろうか。無い、とことん無いのだ。

ヲタレベルでは語りはあふれているし、最近の雑誌でも「単なる個人に立ち返って、媒体に映る彼ら」が論じられる機会は相当に多いように思えるのです。

それが、マイナスの方向にいかないってことだろうか??
確かに、アイドル雑誌・音楽雑誌・TV雑誌…あとなんだろう「ぴあ」とかで語られる彼らは
その変化や環境、方向性、やりたいことなどすべて肯定された上での語られ方ですが
それってどの人(タレント、ミュージシャン、俳優etc)でも一緒だと思うんですよね。
逆に、サイゾー宝島文春などからマークされている分、ジャニタレの方が色々と論じられているのでは!?と思ってしまう。
まあこれは、私が他のタレントの記事にそんなに興味ないだけかもしれないけど…。

だとすると、元々「単なる個人に立ち返って、媒体に映る彼ら」として論じられるような人たちって誰なんだ?そして、彼らはどこで論じられているんだ??
という、そもそもの意気込み具合自体が、うまく飲み込めない状態になってしまう。
(ジャニーズフィルターがかかってるから、演技力とか歌唱力があんまり問題にされない…とかそういうことなんでしょうか??)

この流れで持ち込まれた「堂本剛」である。
つよしなんて、もう、それこそ様々なメディアで様々な人たちがむちゃくちゃ語り倒している存在だと思っていた。
批判も礼賛も含めて。
太宰治級の論じられ方だよ!先行論文いっぱい出てくるよ!
なので、ファンとしては、いまいちしっくりこない流れなのではある。
これも「監視網」と言われちゃうのかなあ。

まあでも、今堂本剛について語る…というのはやっぱり興味深いですよね。
続きが楽しみです。