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金閣寺@神奈川芸術劇場 19:00〜

いろいろあって急遽行ってまいりました。感想書こうと思っていたら、すでにもう神奈川楽を迎えてしまった…。昨日はバレンタインデー&神奈川楽で、けっこう人気の日だったのでは?と思いますが*1、そんな日に三宅さんご観劇のようで!さすがGO担TOPは外しませんね!さて以下は三宅さんとはまったく関係ないネタバレ感想です。




はじまりは稽古場のようなセット。出演者の方々が思い思い(のように見える)に座ったりして過ごしている風景は、これから舞台が始まるの?って不思議に思うほどでした。徐々に物語の世界へ入り込んでいく感じはうまいなーと思ったけど好みではないかなあ。そこから1幕はずっと、正直淡々としてる…と思いながら観ておりました。ちょくちょく朗読をはさむので、なんで?って思ったり。場面場面は面白いんだけど、朗読が入ってくると集中力が途切れてしまうんですね。せっかく演劇を観に来てるのに、なぜ小説の朗読を入れるのか?蛇足ではないのか?という思いが消せませんでした。絵的には面白い演出もたくさんあったのですが、動く挿絵を見ているような気分。

「女性」の存在というのも、ひとつのキーかと思っていたのですが、1幕を観る限りでは金閣寺は男だわ溝口は鶴川と柏木とベタベタしてるわであんまり重要性が感じられないし、溝口はなんでそんなにコンプレックス持ってるの?*2金閣寺がそんなに好きな気持ちがわからんわーと思いながら終了。幕間には、自分に合わない舞台だったかなあと思ったのです。

が、2幕からちょっと様子が変わってきた。まず朗読部分が1幕よりも減った、と思います。決定的にぐっと来たのは、母の浮気回想シーンと家出するところ。伯父と母との情事を見てしまった溝口、それに対して目隠しをする父親。そして電車の中での回想葛藤シーン。今までに舞台上で起きた場面が繰り返されるのですが、その切り取り方でハッときたのです。女性から拒否される溝口、胎児の死(有為子、娼婦の女)、そして男性陣との関わり。それは、母の浮気とそれを黙認する弱い父親によって自分の生まれるルーツを否定された溝口が、男性に父親を求めて裏切られ、女性を母親でなくし(結果的に、有為子を呪い娼婦の腹を蹴っている)、自分自身も親になれない(女性と関係を持てない)*3、そのことについての葛藤だったのではないかと思ったのです。だからこそ、日本海にたどり着いた時に「ここから生まれた」と感じ、金閣寺を燃やすことを決意したのではないかと。金閣寺を美しいと刷り込んだのは父親ですが、その父親は自ら溝口のルーツを否定します。金閣寺の美とは、父親を受け入れることが難しくなった溝口が投影した理想の男性像に近いものであるが、それは同時に壊される(=父の否定の繰り返し)ことを前提としていたのではないか。というようなことを考えた時にまた、繰り返し唱えられた「殺仏殺祖」が生きてくるように思えたのです。そうして見ると、初めて「金閣寺(鳳凰)」が美しく、存在をもって迫ってくるようでした。なんか興奮した〜〜!!

そこから1幕を考えてみたときに引っかかった「朗読」の部分。金閣寺のテクストというのは不思議で、どこにも「溝口が金閣寺を燃やす」ということは書かれていないにも関わらず、読者や観客は「どうやって溝口が金閣寺を燃やすんだ」という期待とともに観て(読んで)います。すでにあらすじや舞台・小説の紹介といったパラテクストに繰り返しかかれているため、それを意識しない観客はほぼいないといっていいでしょう。また、「三島由紀夫」という存在を思い浮かべずにも観ていられません。なぜなら三島の存在が劇場の前面に出てしまっているからです。つまり、あの朗読とは「三島由紀夫金閣寺」を観客に提示し、思う存分に「自分の“金閣寺(小説の、実際の事件の)” 像」を思い描かせておいて、後半でばたばたとひっくり返していくための布石だったのではないか…と。テクストを朗読していたのは、溝口ではありませんでしたが、テクストで内的焦点化されていた”溝口を語る” 語り手を、” 語られる” 舞台上の溝口と引き離すためと考えれば納得がいくように思うのです。

舞台上に明かりが燈され燃える金閣寺は、きれいでまぶしすぎて圧倒される、でも真ん中でそれに負けない溝口の存在感といったら。燃やされることで繰り返されるはずの根源の否定を、自ら行ったことで、「生きようと思った」という台詞につながったのではないか。そんな風に思いました。

もちろんこれはひとつの解釈であり、いまさらエディプスコンプレックス的なのつかってんじゃねーよ!言われちゃうかもしれませんが、私の見た”金閣寺” はこんな舞台でした。*4とても面白かったです。なんか演出とかもいろいろ部分あったかと思いますが、1回の観劇ではあんまりおぼえてられないので、大阪でもう一回行くときに注目してみたいな〜。

それにしても剛つん!!なんて!!ちょこまかしてて動きは異様に機敏でもうかわいいい。一番ちっこいのに、舞台を制する迫力ってなんなの。注目を集めようとしなくても、自然と溝口に目が集まってしまうし、何をやってるのか気になって仕方ない!これは単に私がファンだからってだけじゃないよ〜だって一緒に観に行った友達も言ってたもん〜。そしてなぜか声に色気がある。どもって縮こまった声でも、張り上げるような声を出していても、普通にしゃべっていても色気がある。そらみんな溝口をかまうわ。

カテコでもタッタッタッぴょこって感じで出てきてかあわいい。いや、実際とってもかっこいい男の人だってのはわかってるんですけど!かわいかった〜。「ありがとうございました!」って言ってくれたとき、友達が「しゃべった!」と反応してました。溝口じゃなく剛つんとしてしゃべるのに違和感あるくらいだった。すごいなあ。

*1:平日なんでそうでもないのかな

*2:だって剛つんがかわいすぎるから別にいいじゃん!吃音でも!っていう気持ち笑

*3:原作ではこのあと娼館に行っていますが、舞台版では行っていません

*4:亜門さんが何をやりたかったか、ではなく、私の見た金閣寺ってことで〜