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長野博Jr.時代 (4) 1988年後編・栄光の平家派

V6

1988年、もうひとつ忘れてはいけないトピックスが「平家派」です。平家派については、今更説明の必要もないくらい有名な存在です…よね? 10月に発売された光GENJIのシングル『剣の舞』のバックにつくJr.として命名された人たちで、現在の20th CenturyとTOKIOの上3人が所属していました。「雑誌派」「コンサート派」「歌番組派」といろいろ分けられていたらしく、城島さん・山口さんは主に雑誌、長野さんは主にコンサートと歌番組、坂本・国分さんは全部、10月に入所したばかりの井ノ原さんはコンサートについていた感じだったみたいです。ただ、井ノ原さんと同期入所の山口さんはすぐに雑誌の平家派として活躍していたわけですから、TOKIOメンバーってかなりのエリートだったんですよね。

やっと出会った坂本さん・井ノ原さんと長野さんは、どんな関係だったのでしょうか? 坂本さんと長野さんについては、平家派として一緒にTV番組に出ていたので互いに知った存在だったみたいです。歌番組が多くて、週7日は剣を持って舞っていたらしい。
井ノ原さんについては、入所時12歳でとってもかわいかったらしく、長野さんは「おちびちゃん」と呼んでいたとか。なにそれキャンディキャンディ? とにかくこの3人+TOKIOの上3人は、その頃光GENJIのコンサートツアーで各所をまわっていた大勢のJr.の中の生き残り、かわいらしいエピソードがたくさんあります。

・おちびちゃん呼び
みんなから「おちびちゃん」と呼ばれていた井ノ原さん。長野君のことを「なーのくん」坂本さんのことを「おにいちゃん」と呼んでいた。*1

・坂本さん「ジョイナー」披露 (1988年10月頃)
パンツをくいこませて「ジョイナー!」と言いながら走るという持ちネタを披露する坂本さん。井ノ原さんは「笑わないと怒られるし、笑いすぎるとうそくさいと言って怒られる」と証言。*2

・坂本さんゲーム事件 (1988年9〜10月頃?)
歌番組の出番の間にゲームしていた坂本さんが出とちる事件。

長野:坂本くんポケットゲームみたいなのやってて、そのタイミングで行かなきゃ間に合わないのに「行くよー!」って言ったら「あぁ」とか言ってずっとゲームやってて、ほんで俺たち、まさに剣の舞だよ、踊ってたら、いきなりもうあとからだよ、けっこうたってから、普通に剣持って踊ってた。
(中略)
坂本:誰かが言ってくれたんだよ。だから、長野が言ってくれたのかな。
長野:そう、呼んだ! 「坂本くん行くよー!」つったら
坂本:全然きこえてなかったのよ、夢中で。先輩たちに怒られたけど、逆に、俺も怒った! なんで話しかけてくれなかったの?
長野:呼んだよ!
坂本:あとから長野が冷静に「僕がちゃんと言いました」って。
長野:返事したもんだって!*3 

このバタフライナイフ坂本さんとまじめな長野さんの対比が…。

・坂本さん、剣をなくす (1988年9〜10月頃?)
全員分の剣を車に積み忘れてなくしてしまった坂本さん。「剣がない!」と大騒ぎになったそうです。細い剣と重い剣があって、細くて軽い剣をなくしてしまったらしい。*4

・金八〜! (1988年10月頃?)
「おい金八~!」と言ってからかってくる井ノ原さんを怒っておっかけまわす長野さん。井ノ原さんいわく「超おいかけまわされた!」このころの博もだいぶ幼い顔立ちなので、かわいらしい図でしたでしょうね…「さっきから、いい加減にしろー!」と、マジ切れのうえ、「最後はもうシカト」だったらしい。*5

・渡辺美奈代の写真集 (1988年12月頃?)
光GENJIのツアーに元おニャン子クラブ渡辺美奈代さんの写真集を持ってきていた坂本さん。見た覚えのある長野さん&井ノ原さん。おちびちゃんになにを見せていたの。写真集が1988年12月10日発売なので、そのころのツアーの話だと思われます。*6

・おちびちゃんバク宙の練習 (1988年12月頃?)

光GENJIのツアー中、ホテルの長野さんのベッドの上でバク宙の練習していたおちびちゃん…「ここでやると痛くないんだよ!」って。長野君とお部屋が一緒だったという話や、トントントンってノックしてお部屋に入ってきて練習してたという話があります。よく「同じクラスの○○君がさ〜」って学校の話をしてくるけど長野さんが「○○君って誰?」ときいても勝手に話を進めちゃうらしい…きゃわ…。*7

・坂本さんがジャニーさんのことを「じいさん」と呼んでいた(1988年12月〜1989年3月頃?)
ジャニーさんに「ちびっこ前に出ちゃいなよ!」と言われて戸惑った井ノ原さんが坂本さんにことわりを入れにいったところ「ああ、じいさん?」と言っていた。*8

・平家派が1回だけ光GENJIのコンサートで歌う(1988年12月〜1989年3月頃?)

井ノ原:光GENJIのコンサートでSMAPが1曲だけ歌っていたが、1回だけSMAPがお休みしたときがあって平家が1日だけステージで歌ったことがありました。毎回カーくんが「OKレッツゴーSMAP!」と呼び込んでいたのですが、その日だけ「OK! レッツゴー平家!」と呼び込んでいました。 

誰がマイクもつのかなどもめたけど、長野さんはこのときにマイクを持って歌っていたそうです。はちまきがないから、畳のよこのキラキラしたとこをとって頭にまいてた人がいたとか…すごい…。SMAPがTOGETHER FOREVERを歌っているのは光GENJI『WINTER CONCERT'88』か『BIG EGGコンサート』か『SPRING CONCERT'89』*9で、3つのコンサートは歌ってる曲や構成がほぼかぶっているのでどれだかはわからないのです。これジャニーズあるある。『BIG EGGコンサート』は映像化しているので、「OKレッツゴーSMAP!」というセリフは確認することができます。*10


坂本さん17歳、長野さん16歳、井ノ原さん12歳。どうですこの…青春。個人的には、坂本さんの振る舞いににじみ出る圧倒的な若さにぐっときます。こわいものなしだったんだろうなあ。振り返ればこのときが、彼ら3人が一番屈託なく夢にむかっていたときだったのかもしれません。

 

・これまでの記事

長野博Jr.時代 (1) 1986年・入所と初仕事 - over and over

長野博Jr.時代 (2) 1987年・光GENJIに引っかからなかった - over and over

長野博Jr.時代 (3) 1988年前編・初めてTV史に名を残す - over and over

 

・このあとの記事 

長野博Jr.時代 (5) 1989年・フェードアウト - over and over

長野博Jr.時代 (6) 1990年・トニセンが息してない - over and over

長野博Jr.時代 (7) 1991年・専門学校、そして復帰時期の謎 - over and over

長野博Jr.時代 (8) 1992年・2年半ぶりに、ジャニーさんからの電話 - over and over

長野博Jr.時代 (9) 1993年・KinKiのバックもお仕事 - over and over

長野博Jr.時代 (10) 1994年前編・TOKIOに入りたかった坂本昌行 - over and over

長野博Jr.時代 (11) 1994年中編・ジャニーズSr.結成? - over and over

長野博Jr.時代 (12) 1994年後編・V6絵コンテの謎 - over and over

長野博Jr.時代 (13) 1995年前編・ここへ来てまさかの付き人 - over and over

長野博Jr.時代 (14) 1995年中編・メンバーによるデビューについての証言 - over and over

長野博Jr.時代 (15) 1995年後編・長野博のいちばん長かったかもしれない日 - over and over

*1:V6 Next GenerationJFN/1998年4月4日

*2:『ザ少年俱楽部 プレミアム』NHK BSプレミアム/2009年12月23日

*3:『ザ少年俱楽部 プレミアム』NHK BSプレミアム/2008年3月17日

*4:『ザ少年俱楽部プレミアム』NHK BSプレミアム/2008年3月17日

*5:V6 Next GenerationJFN/2004年10月23日

*6:V6 Next GenerationJFN/2005年2月5日

*7:『20th Century LIVE TOUR 2009 HONEY HONEY HONEY』MC

*8:『ザ少年俱楽部 プレミアム』NHK BSプレミアム2008年3月17日

*9:非公式 光GENJI wiki

*10:『ザ少年俱楽部プレミアム』NHK BSプレミアム2008年3月17日